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西表の一日

朝一番から、西表島に滝を見に行ってきた。日本の100滝選の一つと言うカンピレーの滝と、その近くのマリュドゥの滝。
西表は二度目だけれど、前回は島の南東部の実だったので、北西に位置する今回訪れたところは初めて。上原の町を抜け、フェリーである程度上流までゆき、そこから歩くコースで、途中ガイドの人が植物や、動物の説明をして下さると言う。

西表山猫は、夜行性だし、珍しいから見られない。 箱亀もいるらしいが、出会う確率は少ない。出会ったのは興奮したり、威嚇する時に腕立て伏せをしてしまうというトカゲちゃん、
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なかなかにかわいいが、腕立て伏せのせいか、足が(腕が)とっても細い。
わずか、2キロほどの距離を、トカゲや巨大な女郎蜘蛛や、熱帯植物を見ながら歩いた。
途中、すでに夏休みが始まっているせいか、たくさんの人とすれ違った。決してきつい道のりではないし、子供さんもいる。

が、湿度が高いので、とてもしんどい~~
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何かガイドさんが、見つける度に立ち止まるせいか、2キロ歩くのに1時間半ほどかけた。
で、まずは、一つめの滝、マリュドゥーの滝。
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数年前に滝で事故があったとかで、今は滝は展望台から見るだけ。
音だけはかなり響いてくるが、実際の滝の大きさははかりがたい。やはりこの島の湿度を物語るほどに水量は豊富。
で、700m先に次の滝、カンピレーの滝
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こちらは、豪州の自宅近くの滝に似ていて、親しみが持てました。ここで、ランチをとってしばし休憩。と言いながら昼寝をしてしまいました。
ガイドさんに起こされ、帰路に就く。
帰りは結構速くて、1時間ちょっとで、港行きのバスを待つべく、とあるホテルへ、

そこは、ご存知の方もあるかも。数年前、地元住民の猛反対を受けたのに、強引に立てた巨大なリゾートホテル。 西表には異様な姿をさらしている。
しかも立っているのは、ウミガメの産卵する浜のドまん前。

最近ウミガメの出産の数も減ってきてしまい、周辺の汚染で生態系が変化したそうな、、、またしても人間のエゴを見せつけられる。 自然を見に、エコツアーに参加して、このホテルに泊まっていた、同じツアーの参加者が
”ここへきて、こんなにすごいホテルと思わなかった。泊まるのが気がひけます”
と、一言。
いまだにホテル建設反対の大きな赤い文字の看板も道端にとっても醜い。

どうか、皆さん、自然を楽しみたいなら不便を覚悟して下さいな~~
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by bushfire | 2009-07-25 19:07

こんな日も、、、

今日は仕事を早めに終え、ラッキーとばかりに空港近くの真栄里ビーチへ行ってみた。インターコンチネンタルホテルの目の前だけど、ホテル客だけではなく皆が使えるビーチで、シャワーも更衣室も無料だと言うからためしに行ってみた。
空港から近いし、港からも近いから、海自体は期待してなかった。

いざついてみると駐車場も無料だし、なかなかに小奇麗。更衣室もきれいだし、喜んで100mほど先もビーチへシュノーケルも抱えて砂の道を下る。

げ~~~~~~

薄汚そうな水に、しかも遊泳範囲をわずか幅100m奥行き40mほどに区切ってある。ライフガードは仕事が楽でしょうよ。それ以上人は泳いでどこかでおぼれないから。 でもね、その先にもコンクリートの防波堤があったりして、まるで石垣のビーチらしくない。とりあえず海水だという程度。

しかもスカしたライフガードのお兄さんが、私ががっくりして、たたずんで、ビーチにある長椅子にフィンを置いていると。

”すみません、この椅子はホテルの滞在客の方以外は有料です。それに囲ってある範囲以外は泳がないでください”
と、いかにも慇懃無礼に言うではないか!!!
”結構です”
と言い放って、怒りが込み上げてきた。 何も大して綺麗でもない椅子に座りたいわけではない。泳ぎに来たのだ。しかも公共のビーチなのに、“ホテル専用”グッズを置いて何が有料だ!

とりあえず、不機嫌なまま水に入っフィンをはいて、マスクをつけて泳ぎだした。
石垣に、かつてここまで、透明度の悪い海があったとは、、、本当に1m先が見えないのだ。
しかも普段太陽になど当たったこともない不健康に肌の白い人たちが、狭い囲いの中で、大勢暴れている。
”きれい~!”わぁ~”
と言いながら体当たりを何度かされ、愕然とした。

ここのホテルの客の多くは、これを石垣の海と思っている。そして、この最悪の状態のビーチがきれいだと感じている、、、、、、
なんか違う気がした。 確かにもともとリゾートホテル(環境破壊の第一波だし、どこも施設に若干の差があるだけで、どこにいてもあまり現地らしさは問われないなら都会にいればいい)嫌いの私。 
こういう人工的な遊び場が大嫌いだけど、一応、公共のビーチだし、島の人だって、これが石垣の海だと思ってほしくないだろうに、なんでまた、、、

ものの、20分もたたないうちに、何も見えないビーチを泳ぐ意味もなく、そそくさと車へ。
シャワーを浴びながら、
”ああ~焼けちゃった、いやだな。泳ぐのだから嫌い”

なんていう、得体の知れない人たちに幻滅しつつ、部屋に戻る気になれず、島の北へ車を走らせる。普段なら空いているはずのレストラン、しかも金曜日だし、開いているだろうと思ったのが、間違い。

3軒、寂しく”CLOSE"の札が揺れているのを窓越しに見て、結局何度か行ったことのある、高台にあるカリブさんへ向かった。そこならまだ空いているはずだから。

さらに車を走らせること、20分。開いていました~~。
疲れ果てて、タコライスを注文
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野菜がたっぷりで、やっと本日も満足のゆく終りになりそう。
夕日もきれいなこの一日、お客さんを馬鹿にしきった、教え方をするビーチのインストラクターや、地元の人間をなぜだか嫌がるライフガード(内地から雇われてる人たち)、日焼けがいやなのに、石垣に来る観光客などなど、ある意味盛りだくさんだった。汚いビーチで泳ぎ、夕食を食べるためだけに70キロを走ってしまった、、、
こんな一日もある。(ガソリンをまき散らしたことに反省、、、)

明日は早起きせねばならないが、最近は苦にならない。明日は良い日でありますように!
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by bushfire | 2009-07-24 19:32

やっぱりウコン!

こちらに来てから、宿にいた時はほぼ毎日疲労した体に鞭打って飲みかに強制参加。
宿移っても、さらに宿仲間からのお誘いや、旅先で出会った人に誘われて飲みんに行ったり、一人で寂しくてつい深酒、、、

あまり強い方じゃないから、飲むと言っても泡盛を1合飲めばもうへろへろ。
それでも、私の肝臓にとってはかなりのダメージだったはず。たまに翌朝もふらふらだったりもする。

で、京都にいるときに、本屋さんがこんなにあるとは知らず、文庫を買いだめした中に、沖縄病”にかかった人たちのエッセイを集めた本を毎日暇を見つけて、読んでいた。

昔の沖縄の事、言葉の事、変わってゆく生活事情、食べ物、飲み歩き、おばあ、音楽、、、、

いろいろディープなトピックがずらりとそろう中に、やはり沖縄の人は、飲み会が好きと言う話が結構出てくる。
そんな中、本土の人が、”お酒にはウコン”と言う噂を自分で試したという記事があった。

毎日飲みまくった挙句に肝臓が悲鳴を上げたという、大変飲み仲間を大切にされる方は、半信半疑で、
春ウコン、秋ウコン、粒場、カプセル、粉、
など、おおよそ市場に出ているたいていのウコンを試された。

結果、

一ヶ月後には肝臓は健康体に見事戻り、今も毎日飲んでも大丈夫らしい。ただし、あまり酔わなくなったせいか、逆にお酒の量が増えたという副作用、、、、、、

基本的には春ウコンも、秋ウコンも変わらないらしいが、秋ウコンの方が、どちらかと言えば肝臓集中型らしい。
私も最近ちと肝臓ちゃんが心配。

で、昨日さっそく街の中心地にあるあやぱにモールの数あるお店の中から、一番うらぶれた、でも、大変面白いものを売ってるお店で、秋ウコンを購入。
店のおばちゃんも、”まあ、効くんでないのぉ~”
と言うので、私は粉末を買った。

そのお店、他にも波照間のアワや、黒糖、玄米粉、豆類、昆布、鰹節、麩、玄米ミルク、ゴマペースト、などなど、私の大好きな食材をたくさん置いている。 次回はぜひ、じっくりと買い物したいが、今日のところは、泣き顔の肝臓を早く笑顔にしたくて、ウコンを握りしめ、そそくさと帰宅。

仕事の電話を済ませてから、夕方にまず1日、スプーン3杯ほど飲むとよいと説明書にあるので、水を口に含んで山もりのウコンの粉を口へ放り込む。
水が少なかったのか、せき込むが、ここで口を開けていてはウコンがとびだしてもったいないから、慌ててせき込みながら飲み込む。ターメリックだから、まあまずくはない。


夕食時に、カレーチャーハンを作ったので、その上にウコンをドバ~っとかけて、黄色いチャーハンで2杯目をいただく。
そして、今日は家飲みなので、飲む前に3杯目を水で。今度はコツをつかんでむせない。

本日は久しぶりにワインを頂いた。仕事の都合でpcをいじりながらじっくり飲み始めた、、、、
まずは1杯。
そして2杯、仕事に興が乗り気がつけば私にしては快挙の5杯を平らげ、それでも心地よく悪酔いせずに、そのまま夢の世界へ、、、、、

朝、いつもなら、間違いなく頭痛か胃痛か、強烈な寝坊か、というはずが、朝4時半にすっきりめざめ、しかもさわやか。
やはりウコンの効果としか言いようがない。世に”ウコンの力”なるドリンクがあるが、含有量が少ないのか、あまり効果がなかった気がするが、さすがに粉末をスプーンに3杯も飲めば、効くらしい。

本土に帰るときは車の中はきっと秋ウコンだらけ、、、

でも、これで1か月のつづけたら間違いなく肝臓はハッピーな毎日のはず。
今朝もすでにウコン入りドリンクを胃に流し込み、妙に元気。

と言うわけで、やっぱりウコンは凄い!!
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by bushfire | 2009-07-24 08:22

皆既日食を日本最南端で PART2

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                昨日忘れていた、天文台でのおばあ達。

さて、何もかもが最南端の波照間。
ランチは数ある中でも、やっぱり住民の人たちに愛される青空食堂へ。
本当に”青空”食堂でした。でも、これだけの離島で、タコライス600円は安い!他の海鮮丼は見ている限り800円だでしたが、おみそ汁もついて、ものすごい量!とても1人前とは思えないどんぶりと言う良いは、たらいに近いサイズでした。
タコライスのお味は、なかなかスパイすが効いておいしかったです~
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食後は有名な最南端のお土産屋、”モンパの木”にもお邪魔した。
おじいが一人、いい感じでひっそりとたたずんでおられました。 南国特有のお昼休みがあるので、それまでに滑り込んで、記念にシャツを1枚買いました。
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せっかく来たので、バイクで島の外周道路を一周しながらビーチを徘徊。残念ながら、泳いで良いビーチは西浜ビーチ1か所だけ。それでも、眺めるだけで時間がたつのを忘れるほどに美しい日本最南端の海辺。
波の音を聞いているだけで、どこかに心を持っていかれそうになります。

車の音も、機械の音も、何も聞こえない、ただ波の音だけ。 なぜだか空が石垣よりも大きく感じた。空を見ても雲の動きを追うだけで、一日が過ごせそう。

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外洋に囲まれた小さな島の灯台の役目は重要。だけど、近くまで行ってみて驚いた。以外に小さい。それでも、夜になればその小さな光が海を照らす。 南は台湾、北には西表島。きつい風が吹く中、静かに白い塔はたたずむ。


バイクで一周するだけで、なぜか汗まみれ。 珍しくかき氷の看板に誘われて、、、、でも、飲んだのはキウイ酢のドリンク。 きれいな色にさわやかな酸味。体は喜んでいました。

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ふと、人懐っこいオーナーさんが話しかけてくださり、お休み中の猫が実はおなかを触られるのが好きとかで、猫とじゃれ合いながら、話すうちに、どうも波照間生まれの人ではなく、関西弁がちらほら、、、

思い切って出身地を聞くと、京都。あちらも私が京都からと言う事で一気に話が、ローカルに。
で、京都のどこ??と言うことになり、町の名前を聞いてびっくり。実は自宅の500m範囲内の所にお住まいだった人でした。 数年前に訪れた波照間でのんびり商売でも、、、と移住されたそう。

”忙しいのも人生、暇なのも人生。要は自分がどうしたいかで、あとは飛び込めば何とかなるもんですよ~”
と極めて太っ腹な京都人のお兄さんは、日本最南端のかき氷屋さん。 ついでにいえば最南端で出会った京都人。

波照間はサトウキビと観光が主な産業。と言ってもしょっちゅう船は欠航するから、自給できる物資は少なく、大変なはず。それでも、島のおばあたちも元気で、のんびり、移住してきた人たちも幸せそう。

便利がいいとは以前から思っていなかったが、この島へ来て、その思っていた便利でない環境をとても甘いと考えさせられる島だった。まずは生きていることが、幸せで、とにかく食べる物があればそれは贅沢にすら思える。
医療機関も満足に無いが、それでも、病気になって死ねば寿命と諦めれば不便ではない。
彼らは、きれいな海と、星空が自慢のたくましく、きれいな人たち。 
人生に何を求めるか?
何もない島だからこそ、何かある。

きれいな海や空を見つめながらの哲学はナンセンスだけど、何もない島にはやはり、何かる。

やはり日本最南端はすごい。
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次回はぜひ一泊して、懐かしい南十字星を眺めたい。
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by bushfire | 2009-07-23 23:28

皆既日食を日本最南端で PART1。

まだうら若き高校生のころ、担任の先生が、
”いつか大人になって、人生がわからなくなたっら、波照間に行きなさい。あそこには何もないからこそ、何かがある”

と謎の言葉を残された。ずっと覚えていたが、何せ、日本最南端。南半球まで行って行きすぎて、今度こそはで、人生に迷ったついでに、もう一生日本で見る事のない皆既日食を波照間島で見ようと思った。

でも、そこへゆく船のあだ名は、”ゲロ船”。
恐ろしく揺れて、しょっちゅう欠航する。前回2年半前もそれで断念した。

が、人生に迷いがあるから、神様は今回は、チャンスをくれた。(でもすごく揺れた)
石垣から1時間ほどで、荒れ狂う海を渡り、あさ8時半に出た船は9時半過ぎに無事波照間に到着。
帰りの便が危ぶまれる中、とにかく一番日の欠ける10時40分までにこれまた、日本最南端の天文台へレンタルした原ちゃりで飛ばす。途中誰にも出会わない。小さな電柱と、サトウキビ畑だけの道を急いだ。

ポツンと、天文台はあったが、すでにたくさんの人が集まっていた。私もバイクを適当に止めて、日食用のレンズをもらい、芝生の上に座り込んだ。
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お天気は晴れ。雲は早いが、決して悪い状態ではない。 すでに3分の1ほど欠けたせいか、少し日差しが柔らかい。

”あと10分ほどで、最高に欠けます”
と天文台の人が教えてくれる。 そして、欠ける太陽を見ながら、誰かが、太陽からそう遠くない所に、金星を発見。日中でも、はっきりと白い点になって、金星が見えた。そして、金星を見つつ、太陽もチェックしつつで、10時40分、8割と少し欠けた太陽は、波照間にしては柔らかい日差しを注ぎつつ、三日月の様な姿をレンズ越しにあらわした。
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それまで、”もうすこし”とか、”きれい”と騒いでいたのに、最高潮に達したとたん静かに皆が太陽を見つめていた。わずか数分の間だったけれど、その場にいた日本全国から集まった人たちが、同じ時間と太陽を共有するのに言葉は自然に不必要だった。

その後、しばらくして、空に薄い虹が出た。なぜだかは解らない。うっすらとかかる虹。 流れの速い雲に反射しつつ、しばらくの間、天文台の天上を飾っていた。

太陽が元に戻る間もなく、観光客のほとんどの人たちが車や自転車で三々五々散って行ったあと、数名の観光客と、近所の日食を見に来てたのか、涼みに来てたのかよくわからない8人ほどのおばあ達のうちの一人が、
”では、日食の祝いに歌うさ”
と言って、どこからともなくサンシンが出てきて、玄人はだしの歌とサンシンを聞かせてくれた。
それを写真に収める人、手拍子を打つ人、踊る人。

実に楽しそうにおばあ達は日食を祝っていた。 しばらく天文台で戻る太陽を眺めていて、思わぬ楽しいひと時を過ごせた。今日はそれだけでもラッキーと言うべきだろう。

その後、とりあえず大きくもない島に、あと5時間ほどいるわけで、くまなく“名所”を見て回ろうと、バイクを走らせる。
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お決まりの日本最南端の碑。

そして、日本最南端の空港!
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次第に日差しが元に戻りつつある中、バイクを走らせ、まだまだ
”日本最南端もの”は続く。
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by bushfire | 2009-07-22 18:49

時の流れは止まらない

今日は昨日のダイブ3本の疲れを癒すべく、ゆっくりマンションで洗濯や掃除など、、、、
なんて、可愛いものじゃないかった、朝8時に洗濯しながら(洗濯機が活躍中に)狭いながらも、部屋を箒で掃き始める。
汗、汗、汗、、、、、、
とにかくすでに暑い!!!

当たり前のことながら、ひたすらに熱く、容赦なく熱気は部屋を徘徊する。
暑さは激しさを増すけれど、昼前になってから、以前から行きたかったカフェ、トラベラーズカフェ朔さんへ、足を延ばしてみる。と言っても、車で10分もかからないほどの距離。

昼間だから、店内はお客さん一人だけ。 オーナーさんが昔旅をしていらしたらしい、本や、料理の資料が並ぶ棚を見ながら、本日のカレー、ほうれんそうと、からし菜のカレーをいただく。
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やっぱり、暑い日はカレーにつきます。(と言いつつ、しょっちゅうカレーを食べる。)

食後も、沖縄ではゆっくりしてもいいと聞き、棚の本など見ながら、久しぶりに時の流れを楽しむ。
つい最近まで、楽しめなかったy7うっ久利した時間。

手持無沙汰になったのである。 贅沢なはずの時間が、何かしていないと、誰かといないと不安だった。
でも、今日は、なんとなく、見るともなしに本を見ながら、あたしく入ってきたお客さんを眺めたり、過ぎゆく時間を楽しんだ。

で、ふと、思った。

当たり前だけど、時間は止まらない。 
ゆっくりと時には、早く、確実に動いてゆく、止まらない。自分も止まれない。 今ここでじっとしていることが無駄なの???
でも、そう思いながらも時間は過ぎて行く。あせり過ぎて、無駄にしていた時間を取り戻すべくやってきた石垣島で、ふと考えた。

走り続けていたはずの10年あまりの時間。実はほとんど私の心の時計は止まりかけていた。もちろん、物理的には動き、つぱっしてきたけど、心の中は、考えたいことや本当の自分に背を向けてきた。

今ある、無能だけど、病気をきっかけに生きる事をもい一度考えて、止まったように過ごしている自分の方がずっと心は時を刻んでいる。

身の丈に自分。
解ってるつもりだっ。
実は解ってなかった。
こちらへ来てこの2~3日、急に周りが動き始めたのは、自分が次へ進む心の準備ができつつあるからだろうか?
今までは、きっと周りが動いていても見ていなかったのだろう。
今の私にはたくさんの選択肢ができた。

まずは、生きるか、このまま病に身を任せるか、
生きるなら、このまま放浪を続けるか、ここで生きる決意をするか、
本土へ帰るなら、友人が誘ってくれるままに、岐阜へ引っ越すか、
昨晩、思いがけずに知り合いがカフェをやってみないかと言う誘いに乗ってみるか、
オーストラリアへ、帰って、もう一度自営をするか、
それとも、自信はないけど憧れの師匠に師事して、FPになるか。

大したのもだ。短期間の間に選択肢がこんなに増えた。生きるなら検査して、手術せねばならない。
一人では、到底精神的に耐えられないと思っていた。でも今ある選択肢はすべて、一人で、が前提。

パートナーが欲しくないと言えばうそになる。でも、一人も悪くない。
時の流れは止まらない。

手からすり抜けるもの、指に絡み付くもの、全てをあるがままに感謝して身を任せようか???
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by bushfire | 2009-07-21 19:31

ためらいつつ、恥らつつ、再会、、、、

もう20年近く前になる。 
全てを忘れるほどに解放され、心が躍る時間があった。 そこへ行き、美しい瞬間に触れる度に、自分が素直に自分でいられた時間。

移住してからしばらくして、忙しくなり、次第に離れてしまったその時間。仕事、子育て、両親の死、病気、いろんな日々の出来事に埋もれて忘れ去られていた、、、、

海には生き物を癒す何かがある。 側にいるだけで慰められてきた海。この年になって、10年以上のブランクをためらい、
”今更、、”
と恥じらいつつ、再びスキューバを再開した。
先日、あまりの被害に悲しくなった白保の海ではなく、海の底へ。自分の立てる音以外はほとんど何も聞こえず、周りに誰がいても、私の心は揺るがない。 
周りを眺めるとき、あるのは、人工物のない、一瞬たりともじっとしていない、表面からは決して見る事のない海中。

再会するのに、ためらうこと、数か月、でも、会ってみたくなった、ぐらついて、支離滅裂な自分が誰の干渉も受けないで、本当に一人になれる、包みこんでくれる環境は、私にとっては海の中だった。

”なるべく、人のいない、崩れていない所へ、”
と、お願いして海中案内をたのみ、10数年ぶりの懐かしい場所へ。
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ボートから、沈んだ瞬間いきなり広がる、包み込まれるような青の世界。
美しい。 それ以上に表現が出来ないほどに、美しい。

癒されるとか、楽しいとか、すべての感覚を麻痺させる。
悩みも、病気も、心の傷も、すべてここにいる間は存在しない。自分のれぐれーたーから吐かれた空気の泡は、確かに自分が生きている証拠。 周りの環境は、今世界が私がいてもいなくても存在している証拠。
なぜ、何年もこの時間を遠ざけていたのか?
きっと、心に余裕がなく、底へ置くべき自分の存在がなかったから。

今ある瞬間は二度と戻ってこないと、認めたくなかったから、、、、
人のために、生きたいと願った。 でも、それは自分の為に生きなければ出来ないこと。

海の中で、ちりぢりになった心のピースが一つくらいは見つかった気がする。

再会したからには、また近いうちに会いに来よう。
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by bushfire | 2009-07-20 20:16

死にゆく遺産

石垣と言えば、ダイバーのメッカ。 さらに白保は、北半球では青サンゴの群生で有名。でも、WWFがリサーチして、保護しないとならないほどのダメージを受けているらしい。

昨日早朝からその白保のWWFのサンゴ館に行ってきた。何とも小さな施設で、どちらかと言えば地元の紹介に近い。昔の漁の様子や、そこでとれる物の紹介。入館も無料だから、どのように運営しているのか、、、
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そして、今朝、一応勝手に泳ぐのはと思い、エコツアーなるものに参加して、その白保のリーフをシュノーケルしてみた。連休のせいか、15人ほどで小さな船はいっぱい。

子供づれの家族もいるし、カップル、女の子同士、などなど。 3分の1ほどがシュノーケルは初心者。
海に入る前に、一応のシュノーケルの使い方と、注意事項が説明され、いざ海へ。

引き潮のせいもあり、以外に浅い。場所によっては足がつきそうなところも。
そして、きれいなはずのサンゴ礁は、、、、

半分以上が死に絶え、生き残った珊瑚も客家現象で、かなりのダメージを受けている。昔15年ほど前にインドネシアで見たリーフは、目を疑うほどの美しさだった。しかももっと深度が深く、色も悪かったはずなのに、、、、 
折れたサンゴや、死に絶えた残骸、、、、、正直なところ、涙が出そうだった。

そして、その自然を守ろうと、せっかくツアーで行ったはずのシュノーケルでは、家族連れも、カップルもピースサインに写真で必死で、フィンでサンゴをパリパリと折りまくる。

乾いた“パリン、、、、、パリン、、”
と言う音が私の水中に響くたびに、丹念もかけて少しずつ成長を遂げてきたサンゴが、一瞬にして、見られることもなく、自分たちのスナップショットのを撮る為に壊されていく。 写真なら、船の上でとればいい。
何をしに来たのか、そこにあるリーフを、そっと外から眺めに来たのだ、騒ぎに来たわけではないはず。

”やっぱ、きれいじゃない~~”
と言いながら、彼氏にしがみつく彼女のもう一方の手は、慣れないせいか、サンゴの上に置かれ、そこから、やわらかいサンゴの悲鳴に似た、粉が飛び散る。

ああ、もう何も言うまい。

都会の人は、アミューズメントパークや、公園など、人の手が入った遊戯にあまりになれすぎて、自然をそっと眺めることには、とてつもなく無神経なことがある。
それなら、それをまず、どうすればよいかを教えてから、見て欲しい。

あなたのそのフィンのひとかきで壊したサンゴは、いったい何年かけて、1cmを成長したか。
あなたの壊したサンゴのせいで、魚のえさ場がどのくらいダメージを受けたか。
壊せばまた、作ればいいというものでは、ないこと。
”私がちょっと何かしたくらい”

が、今のこのリーフの死に絶えた結果なこと。10年後には下手をすれば何も残っていないかもしれない事。

でも、わずかおひとり様5000円を稼ぐために必死なツアー会社は、何も言わずい
”きれいでしょう?”

と、笑うだけ。

後、いつまでそうやって笑っていられるのか。
ここだけに限ったことではないし、これだけに限ったことではない。

サンゴ館で、おばあは、
”昔みたいにアーサ(海のり)が取れないさ。取り過ぎたかね。でも、売れるから”

と言っていた。 自分の首を締めながら、苦しい息をするとき、人は結果を知りながら、やめられない。
わかっちゃいるけど、、、だ。

私もわかっちゃいるけど、現状の自分に終止符が打てない。壊れゆくサンゴに自分が被る。でも、まだ終われない。 でも、止まれない。

ああ、どうにも止まらない~~
なんて、昔歌があったかな。(古いか)

こんな時、利益度外視で環境を重視するオーストラリア人のもとへふと、帰りたくなる。
彼らは日本人ほど、物資的には豊かではない。でも、自然の中で、暮らすためには共存すればよいかは、彼らの方がずっと豊かな知識と、実践力がある。自分たちの不便さを代償にしても、いとわない心の大きさ。それがたまらなく、ここにいると懐かしい。
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本日の一言。
”不便は最高さ~”
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by bushfire | 2009-07-19 20:08

石垣到着~~

金曜日の朝、8時半の到着予定が強風のため10時到着、飛来する飛行機の下をくぐる様に港に入り、その後、車を貨物船”かりゆし”へ運ぶべく、港内の海運会社へ。 着いたはいいけど、港の中は、結構ややこしくて、さんざん迷った挙句、なんとか車を輸送用の駐車場に送り届け、国際通りにタクシーを飛ばす。
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30年ぶりの那覇は、都会~。スタバでお茶をして、公設市場で、ゆし豆腐をランチをして、、、、なぜかタワーレコードでマイケルジャクソンのCDを買い、てくてくと、那覇空港へ向けて、モノレールの駅へと。

空港も昔とは打って変わってきれい。疲れをいyすべく、20分だけ足マッサージを受けて、最後の移動、石垣行きのフライトへ。 あんなに苦労して大阪、那覇を来たのに、なんと50分のフライトで一気に到着。

今日は市内のホテルで、ゆっくり
夕食は、さんざん船の中で禁断症状を抑えていたスパイす病をかかえて、インドカレー屋さんへ。
3年前には無かったですが、嬉しかった、、、べジカレーにナン。神奈川の方が移住されて始められたとか。なかなかでした。

早めに夕食を済ませたので、町のショッピングモール、あやぱにモールをうろうろ。
明日からは畑の中で、仕事だから、きっとなかなか来られない市内を満喫。

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湿気が気になるけれど、ゆっくりとした時間が過ぎて行く。
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by bushfire | 2009-07-17 18:04

行ってきま~す

旅は簡単にはいかない。 水曜日に大阪南港を出て、那覇到着が金曜日の朝。そして、不景気の影響で、那覇からはカーフェリーは出ていないので、私は港でそのまま車を貨物船に預けて一人石垣へと飛行機で。

と、書くのは簡単。出発前日に、夕刻にのっぴきならない状況が発生。ある方との会う約束も、果たせないまま、その事後処理に追われ、出発まで、綱渡りの様な時間を過ごした。

水曜日の昼、生まれて初めて大阪の環状線を運転し、早めに手続きを済ませて、18時半の出港に備える。あまりたくさんの人は乗らないらしい。
私はわずかにエクストラを支払い、4人部屋を頼んだが、ラッキーにも、その部屋を一人で占拠。気楽な個室で過ごした。 が、2泊3日する船に食堂もなく、あるのは自動販売機のみ。 食料と水は持ち込んだ。
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夜は9時消灯。一応静かにしないといけないので、暇な私はほんを読みつつ、これまた持ち込んだウイスキーでいつの間にか昇天、、、と行きたいところでしたが、出発前日に起きた非常事態の収拾に追われて、飲む間もなく、夜中までふらふらになりつつ、結局寝たのは夜中の1時過ぎ。

予定では、乗船ごに、一枚一枚今までの自分を捨てて行くはずが、夜中まで陸のしかも一番忘れたい用件で追われる羽目に。

で、いつの間にか寝入って、翌朝は気がつけば、鹿児島の南端に。
今度こそ、今までの私、さようなら。 

でも、流れてうく海をデッキで眺めながら、もう忘れるはずの過去に涙が止まらない。 他の乗客もいるのに、、、、 強風のおかげで、涙は頬を伝う間もなく風で宙に消え、ひたすらに泣いた、まだ涙が枯れないことに驚きつつ。  今までこの年初めから自分に起きたj事、それを救ってくれて人たちの事、そのあと起きた自分のストレスが引き起こした病気、出発直前の思いがけない出来事、、、、

などなど、もう自分の心の中で納めておくには手に負えない。涙で捨てて行くしかない。那覇に降りた時、私はもう過去のない人間でありたい。ただただ、その日を生きる誰も知らない自分でありたい。


出来ないのは解っていても、気持ちだけはたらしくスタートしたい。それなら今、涙で全てを流してしまいたかった。もう最後になるはずの悲しみの涙、さようなら。

そして、鹿児島の最先端を過ぎ、長い長い種子島を
”以外に都会だ~”
と感心しつつ、軽く流して、憧れの屋久島を発見。強風にもめげずひたすらに憧れの視線を送る。

そして、その後夜に奄美大島に寄港して、船は翌朝那覇へ、、、
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by bushfire | 2009-07-14 23:34