ついに屋久島へ

最近引っ越してから、自宅にいられないほどに多忙。

せっかく生き延びた命だから、大切にしつつ、もう好きに生きると決めたら、自分さえきっちりすることをしていれば、人が自分をどう思おうと、気にならなくなった。
と言うより、どう思われても、私は私。天然な割にぶれない様になってきた気が、、、
私は誰か、何のために生まれてきたかと悩んで、今年はどん底へ転落。

そんな、南西が良いと言われて石垣に行き、死にかけた私が、何年来も行きたくてなぜだかいけなかった南西の屋久島へ、ついに行くことになった。
ある人が、
”行きたくても、島に呼ばれなければいけない島”
と言われて、私なりに納得。だってチケットさえあれば行けたのに、なぜだか今までいけなかった。
友人とそのお母様と私の3人旅。

早くに母を亡くした私にとっては、誰のお母さんでも、私の母と同じ。おこがましくて、彼らには言ってないけれど、とても今回彼女が一緒と言うのが嬉しかったりする。

今年の終わりまでに、とにかく体を治して、元気になって、笑って新年を迎える。
そのための第一歩。

健康な体に健康な精神宿る、はず。
治療師の先生いわく、
”よくこの状態で、微笑みが出るな”
といった体調。 むくんですでに3か月近く、しかめっ面していても、始まらない。

与えられた、8日間で何とか元気になれるだけなろう。
7月にフェリーから憧れのまなざしを送った島へついに上陸できる。

来て良いと言ってくださった、治療師の先生も、島もきっと懐が深いに違いない。
やっと呼ばれた島、屋久島。
呼ばれたらどこへでも行く私。

良い事がありますように、、、
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# by bushfire | 2009-11-04 21:29

直感

人には、たくさんの感覚がある。
五感、第6感、そして、直感。
遭難以来、すべての機能に感覚が低下して、五感も鈍りがち。六感に至っては、以前にはあったはずが、今は消えうせている気が、、、
では、直感は?
その場で、脳にダイレクトに感じる直感。どちらかと言えば思考を超えた感に近いが、6感とは、多くの人が失っている動物的かつ、生理的な感覚とは、また違う。

もう、それすら失ったと思っていた。
それが、ひょんなご縁から、あるセラピストの方の演奏をお聞きしたおかげで、戻ってきた。

演奏を聞くうちに、たくさんの音が重なって織りなす音の中に、一つ一つの鍵盤の音が聞こえて来た。
指が押す各鍵盤がしっかり意志を持ってそこに表現されているのが、はっきりわかる演奏。
時折、最後の余韻の音までが脳に響く、一音。

聞く人が、癒されるとお聞きしていた演奏。
私には癒されるのではなく、再生に近かった。
戻ってきた直感。

新居を買った時、
”あそこで、私は欲しいものを手に入れる事が出来たの。手ごたえのある幸せをそこで手に入れました。だから、あなたにもきっといい事があるはず”

と売主さんが言ってくれた。
そうあって欲しい、と思う。 
私は、絶対に笑って新年を迎えるんだと、自分に言い聞かせて動き始めた。
直感が何を私に告げているのか、思考があいまいな今日この頃、
自分の感覚を信じて走ってみようかな、、、
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# by bushfire | 2009-10-29 22:26

夢と過ぎゆく現実

長かったこの一年の数々の出来事は、人生の中で、やはり両親の死と共に、大きな出来事ばかりだった。
死ななかった不思議、死ねなかった運命。

人間関係もぶっつりと切った人たちもある。 したくないことにも終止符を打つ。 これからは残りとして頂いた大切な時間を、楽しく、幸せに過ごしたいという思いから、明日引っ越す。

総数100個のダンボールに今夜は埋まりつつ、この4年近く過ごした家での、最後の日をすごす。

昼間、あまりの疲労に、うたた寝をした。

荷物の整理と共に、心にあらぬ事に、許せぬ人を許す夢を見た。 もちろん現実なわけはない。
でも、とてもリアルにその人は、わびるでもなく、私の側に座って、
”本当はもっと早くに会い来て話したかった。 もっと、良い方法があったはずなのに、、、、”
と、言い
”ちゃんと話したい”
と言ったところで、引っ越し屋さんに起こされた。

思わず本人を探した。 側に体温が残るほどにリアルに感じられた夢。 思わず恨みよりも、涙がポトポトと出てきた。
ひょっとして、本人の最後の気持ちだったのかもしれない、噂で最近かなり体調を崩していると聞いていた。
生きていたとしても、相手も大きな傷を持ったままだ。

私の気持ちが見させた夢にしては、あまりにも以外で、(許す気など無かったから)リアルで、まるで亡くなる直前に感じた母の影のように、見た後に不思議な感覚が残る。

この場を明日去る。
物理的に去らなければ、きっと一生私の残りの一生は前向きになれない。

ある日突然起きたあの4月のトラウマを今、許せるくらいなら、引っ越しなどしない。
特定の人を許せない私の見たあの夢は、どんな意味があるのか?
一度愛した人は、男女に関係なく、二度と会いたくないとは、思わない。

いつか、笑って挨拶が出来ると馬鹿だから信じている。
恨むことは、大変な心の体力の浪費をする。
それすら疲れた。

あれは夢だったのか、誰かが伝えたかったメッセージなのか、、、、、
明日になれば、もうそんなことを考えることすら、ないだろう。
最後に見た夢。それもここへ置いてゆく。

新居には、新しい私がきっと出迎えて、新しい道に導いてくれるから。
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# by bushfire | 2009-10-26 00:23

色の不思議

遭難以来、リハビリに始めた編み物に、妙にはまってしまった。

昔、よくしたが、ここ10年以上していなかったが、体は、と言うより、手はよく何でもぼえているもの。

で、近所の毛糸屋さんで、セールなのをいいことに、毛糸を買いこんでボレロを作る事に。
ちょうど、体調の悪い時や、雨の日などは最高のエンターテイメント。

珍しくローズ系の糸を選んでみた。
が、糸で見るのと、編んでみるのとでは大違い。やっぱり色彩の間隔はずれてるのか????

とにかく編み始めたからには終わるしかない。
最近何かと忙しいが、夜はいたって暇な事が多く、折しも秋の夜長。

皆様、編み物の季節です。
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# by bushfire | 2009-10-02 23:53

銀の線引き

修行を始めて、2回目。今日は自宅の売却と、今度の引っ越し先の取引でバタバタの中、なんとか時間を見つけて、行ってきた。
遭難と、持病と、この3年ほど手先を真剣に使うことがなかったせいか、修行を始めて以来自信喪失するほどに、指が動かない。
本日は、銅板の上にガラスを焼きこみ、さらにその上に銀泊を張り、そこへ、銀の線を糊で載せて焼くと言う作業。
書くと簡単ですが、今日は銀線を載せている間は、(先生と普段の作業中は話したりしますが)一言も発することが出来ないほど、集中しました。
銀は柔らかく、わずか1.5ミリほどのワイヤーをピンセットと、指で曲線、鋭角などを制作した図面通りに曲げて、銅板に乗せて行く。指がうまく動かないと、一瞬にして銀はいびつに折れ、それが跡に残るからそれをしないようにするには、息も忘れるほどに、集中。

気がつけば、小一時間、銀線にもてあそばれ、銅板になんとか銀がのった。
それを窯で焼いて、銅板に定着。
一発勝負。失敗すれば線はいびつになったり、繋がらなかったり、、、、
結局、なんとかごまかしのきく範囲で、仕上がりましたが、不器用になってしまった分、こっちも真剣になり、本当に、全ての邪念を忘れて集中的作業をしたのは、何年ぶりのことか。

日本刺繍もかなりの集中力がいるから、それ以来とすると、もう3年。
学生時代、筆を折る前は本当に文字通り寝食を忘れて絵に向かっていた。
その頃と同じ様に、ガラスと取り組めた自分が少し嬉しかった。

たかだか数ミリの銀にいい大人が本当に息も忘れるほどに真剣に取り組めた。冷静で、冷めた自分はそこにはなかった。
全てを投げ出して、始めると宣言したと言う、気負い抜きに純粋に時を忘れて取り組めることができたのは、何よりもうれしかった。
まだまだ、道のりは長い。でも、ゼロではないし、何よりもあらゆる利害抜きに、自分をかけられるものに出会えた事に感謝せねば。

友人に持病で手先を心配されている。でも、手先はある程度コントロールがきくし、へたうまの線もある。
銀の線を引きながら、いい年したおばちゃんが、本気で数ミリの世界に引き込まれてりる図はきっと、人からは滑稽だろうけど、私は大いに楽しいし、嬉しい。
写真を撮るつもりが気がついたら、忘れていた。次回はがんばってへたうまを公開したい~
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# by bushfire | 2009-09-24 21:53